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東京地方裁判所 平成10年(特わ)3394号 判決 1999年3月25日

主文

被告人を懲役八年及び罰金三〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二一〇日を懲役刑に算入する。

罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

東京地方検察庁で保管中の金一五〇万円(ただし、一万円札一五〇枚。平成一〇年東地領第三二七九号)を没収する。

被告人から金四二五九万九一〇〇円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、

一  B及びCと共謀の上、平成九年九月一〇日ころから平成一〇年三月上旬ころまでの間、別表一記載のとおり、前後六回にわたり、みだりに、営利の目的で、東京都足立区小台二丁目四九番一号付近の路上ほか四か所において、Dほか二名に対し、大麻を含有する樹脂状固形物〇・八一八グラムを代金五〇〇〇円で、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶合計約〇・二五グラムを代金一万円の約束で、同結晶約〇・八一二グラムを代金合計二万円で、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する結晶合計約〇・五グラムを代金合計二万円で譲り渡し、併せて、薬物犯罪を犯す意思をもって、別表二記載のとおり、前後八回にわたり、同区宮城一丁目三八番付近の路上ほか五か所において、Eほか四名に対し、覚せい剤様の結晶合計約二・五五グラムを覚せい剤として代金合計九万円で譲り渡したほか、多数回にわたり、東京都内において、氏名不詳の多数の者に対し、覚せい剤様の結晶を覚せい剤として、大麻様の樹脂状固形物を大麻として有償で譲り渡し、

二  FことG、H及びIと共謀の上、平成一〇年三月上旬ころから同年五月八日までの間、別表三記載のとおり、前後二回にわたり、みだりに、営利の目的で、東京都板橋区向原二丁目三六番二号所在のファミリーレストラン「ジョナサン小竹向原店」駐車場内ほか一か所において、J子ほか一名に対し、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する結晶合計約一・二五グラムを代金合計四万円で譲り渡し、併せて、薬物犯罪を犯す意思をもって、別表四記載のとおり、前後二回にわたり、東京都練馬区北町一丁目二五番付近の路上ほか一か所において、Bほか一名に対し、覚せい剤様の結晶合計約〇・五五グラムを覚せい剤として代金合計二万円で譲り渡したほか、多数回にわたり、東京都内において、氏名不詳の多数の者に対し、覚せい剤様の結晶を覚せい剤として、大麻様の樹脂状固形物を大麻として有償で譲り渡し、

もって、営利の目的で規制薬物を譲り渡す行為と、併せて薬物犯罪を犯す意思をもって規制薬物様の物を規制薬物として譲り渡す行為とを業とした。

第二  被告人は、別表五記載のとおり、平成九年一〇月一五日から平成一〇年三月三一日までの間、一二回にわたり、東京都豊島区東池袋一丁目二四番三号所在の株式会社東京三菱銀行南池袋支店において、被告人が、前記第一記載のとおり、譲り渡した覚せい剤等の対価として得た財産のうち合計三一一八万〇一〇〇円を、通知払いの方法により、K名義を使用して、イラン・イスラム共和国所在のイラン・メリ銀行本店を支払場所としてL宛てに送金し、また、M子をして、同人名義又はK名義を使用して、同店ほか一か所を支払場所として右L宛てに送金させ、もって不法収益の取得につき事実を仮装するとともに、不法収益を隠匿した。

第三  被告人は、イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり、平成三年五月八日、同国政府発行の旅券を所持し、千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入ったが、在留期間は同年八月六日までであったのに、同日までに右在留期間の更新又は変更を受けないで本邦から出国せず、平成一〇年五月七日まで東京都内などに居住し、もって在留期間を経過して不法に本邦に残留した。

(証拠)《略》

(法令の適用)

*以下、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」を「麻薬特例法」という。

罰条

第一の行為 刑法六〇条、麻薬特例法八条(麻薬特例法八条二号[大麻を譲り渡した行為は刑法六〇条、大麻取締法二四条の二第二項、一項、併せて大麻様の樹脂状固形物を大麻として譲り渡した各行為はいずれも刑法六〇条、麻薬特例法一一条二項]、四号[覚せい剤を譲り渡した各行為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項、併せて覚せい剤様の結晶を覚せい剤として譲り渡した各行為はいずれも刑法六〇条、麻薬特例法一一条二項])

第二の各行為(別表五記載の番号ごと) いずれも包括して麻薬特例法九条一項(一八条)

第三の行為 出入国管理及び難民認定法違反七〇条五号

刑種の選択

第一の罪 有期懲役刑及び罰金刑を選択

第二の各罪 (別表五記載の番号ごと) いずれも懲役刑及び罰金刑を選択

第三の罪 懲役刑選択

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(懲役刑につき最も重い第一の罪の刑に法定の加重)、四八条二項(罰金刑につき第一の罪及び第二の各罪の多額を合計)

未決勾留日数 刑法二一条(二一〇日を懲役刑に算入)

労役場留置 刑法一八条(金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置)

没収

東京地方検察庁で保管中の金一五〇万円(ただし、一万円札一五〇枚。平成一〇年東地領三二七九号)

麻薬特例法一四条一項一号(一八条)

(被告人が第一の罪の期間内に取得した財産であって、その価額が被告人の稼働の状況等に照らし不相当に高額であると認められるから、同罪に係る不法収益と推定してこれを没収)

追徴

被告人が平成九年一〇月一五日から平成一〇年三月三一日までの間に一二回にわたり別表五記載のとおり送金した金三一一八万〇一〇〇円

麻薬特例法一四条一項一号(一八条)、一四条一項三号、一七条一項(第一の罪の期間内(ただし、平成一〇年三月三一日までの間)に取得した財産であって、その価額が被告人の稼働の状況等に照らし不相当に高額であると認められるから、同罪に係る不法収益と推定されるとともに、第二の罪に係る不法収益に該当するが、イラン・イスラム共和国に送金して没収することができないのでその価額を追徴)

被告人が平成一〇年四月一日から同年五月八日ころまでの間に譲渡した規制薬物の対価として得た金一二九一万九〇〇〇円のうち、前記東京地方検察庁で保管中の金一五〇万円を控除した金一一四一万九〇〇〇円

麻薬特例法一四条一項一号、一七条一項(第一の罪(ただし、平成一〇年四月一日以降)に係る不法収益に該当するが、費消して没収することができないのでその価額を追徴)

訴訟費用不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(補足説明)

弁護人は、判示第二の事実について、被告人が客観的に判示のとおりの送金をした事実はそのとおりであるが、これらの行為は、送金人が容易に被告人であることを探知特定できることから、客観的に被告人以外の者に仮装する効果がない上、主観的にも被告人に仮装する目的がなく、また、実母のもとに送金された金員は容易に被告人のものであることが判明するから、麻薬特例法九条一項の「不法収益の取得につき事実を仮装する」ことにも、「不法収益を隠匿する」ことにも該当せず、罪とならない旨主張するので、この点について、検討する。

関係証拠によれば、前提事実として、次の各事実を認定することができる。すなわち、<1>被告人は、平成八年ころから規制薬物の密売に関わるようになり、同年二月か三月ころにはコロンビア人女性のM子と同棲を始め、平成九年九月ころからは、知人のNから仕入先を教えられて、規制薬物を仕入れ、判示第一のとおり、その密売を行うようになり、以後、多額の売上げを上げていたこと、<2>その密売に当たっては、判示第一のとおり、B、Gらを売り子として使っていたこと、<3>被告人は、平成九年九月ころから、規制薬物の顧客や売り子との交渉に際して、「A」や「O」あるいは「P」といった名前を使用していたこと、<4>被告人は、自分名義の真正な旅券のほか、Nから譲り受けたベルギー王国籍の「K」名義の偽造旅券やイタリア共和国籍の「Q」名義の偽造旅券(いずれも被告人の写真貼付)を所持し、一時期には、メキシコ合衆国籍の「R」名義の偽造旅券も所持していたこと、<5>被告人は、いずれも被告人の写真が貼付されたU名義、S名義、K名義の偽造国際運転免許証を所持し、また、T名義やK名義さらにR名義で外国人登録を行って被告人の写真が貼付された複数の外国人登録証も所持し、Kの名前を用いて自動車の登録や電話の加入をするとともに、U名義で住所地のアパートの賃貸借契約を締結するなど、これらの偽名を生活の各場面で使っていたこと、M子は、平成七年三月以降、不法残留となっており、外国人登録はしていなかったこと、<7>被告人は、薬物譲渡の対価として得た金員を、被告人本人、M子、K、Rの各名義で海外に送金したことがあり、その受取人には、被告人の母親のV子、コロンビア共和国在住のM子の弟Wなどがあったこと、<8>被告人は、判示第二のとおり、平成九年一〇月一五日から平成一〇年三月三一日までの間、一二回にわたり規制薬物譲渡の対価として得た合計金三一一八万〇一〇〇円を送金し、これらの金員は、いずれも受取人に支払われたこと、<9>この際、被告人は、銀行員に対し、K名義の偽造パスポートを示すなどし、また、海外送金依頼書に記載した住所のアパートは、被告人とM子が以前居住していた所であったが、その賃借名義は、被告人本人、M子、Kのいずれでもなかったこと等の事実が認められる。

そこで、まず、事実の仮装について検討する。被告人は、判示第二のとおり、K名義とM子名義で送金しているが、そもそも、不法収益を第三者名義で送金すれば、第三者名義で預金するのと同様に、名義人とされた第三者にその金員が帰属していたかのような外観を呈することになるところ、前記認定の諸事情を前提に考えると、K名義の送金については、被告人が、同名義の偽造旅券や外国人登録証を所持し、貼付されている写真が被告人本人のものであるという事実が認められるだけで、氏名、国籍、生年月日は被告人のものと異なっており、被告人とM子が外国送金依頼書に記載した住所も、被告人らが当時居住していた所ではなく、これらの事情から、Kが被告人であると認識することは困雑であったと認められる。被告人がKの名義を使用する場合には、右の偽造旅券や外国人登録証を前提としてなされていて、他にも複数の偽名を使い分けていた事情も考慮すると、とうてい被告人の通称と評価できるような性質のものでもないというべきである。また、M子名義の送金についても、もとよりM子は被告人自身ではなく、M子自身不法残留者で、外国人登録もしておらず、被告人と同棲していることは公的に登録されていたわけでもなく、送金依頼書記載の住所も被告人らの当時の住所でない上、M子の名前はBら共犯者にも明らかにはなっておらず、むしろ、被告人が「X」あるいは「Y」と呼んでいたこともあり、M子の名義から被告人が真の送金者であることを探知することも困難であったと認められる。さらに、被告人は、前記認定のとおり、「A」、「O」、「P」、「K」、「U」などの複数の偽名と偽造の旅券や国際運転免許証などを場面に応じて使い分け、本件送金にあたっては、「K」の偽名と旅券を用いているのであるから、自分本人の名義、規制薬物の取引名義、日常生活における名義、規制薬物譲渡により得た金員の送金に際しての名義などをその都度変えることによって、不法残留、規制薬物の密売、不法収益の送金といった犯罪行為の犯人が被告人であるということを隠し、捜査機関からの追求を免れうることを認識していたと推認でき、この一環として行われた本件送金行為においても、第三者名義で送金することによって、送金される不法収益の帰属主体が被告人であることが隠ぺいされることを認識していたと認めることができるから、主観面の故意においても欠けるところはないというべきである(被告人は、捜査段階において、規制薬物を売って得た金であることを隠すために、第三者名義による送金を行った旨供述しており、この供述は、右認定に沿うもので、信用することができる。)。弁護人主張のように、K名義あるいはM子名義ということから、真の送金者が被告人自身であると容易に特定できるとはとうてい認めることはできず、このことは、送金先の名義人が被告人の母親であっても左右されるものではない。

以上の検討によれば、判示第二の行為については、単に形式的に名義が異なったとか、弁護人主張のように真の送金者を容易に知ることができるといった事情はなく、むしろ、名義を偽ることによって実質的に真の送金者が被告人であることを探知することを困難にしたという事情が認められ、こうした前記認定の事実関係のもとでは、取得につきその帰属に関する事実を仮装する行為に該当するというべきである。

次に、不法収益の隠匿に関しては、被告人は、合計三一一八万円余という多額の金員を、前記のような第三者名義により、イラン・イスラム共和国所在のイラン・メリ銀行を支払場所とし、自分の母親V子を受取人として、いずれも通知払いの方法で送金しているところ、その金額の多さからして、単に家族への生活費の送金と見ることはできず、被告人が、捜査段階で供述しているように、この金員を日本に置いておけばいつか見つかって取り上げられると思い、イラン・イスラム共和国で母親によって保持、保管されることを前提に、家族の生活費等とともに被告人の事業資金に充てるために送金したものと認められる(これに反する被告人の公判供述は、送金金額の多さや第三者名義によるなどの送金の態様等からして信用し難い。)。そして、関係証拠によれば、同国内の銀行に不法収益を送金したときには、日本国内の銀行に預金した場合と比較して、わが国の捜査機関がこれを捕捉することが相当困難になることが認められる(現に、警視庁所属の警察官から、国際刑事警察機構イラン・イスラム共和国に対してなされた本件海外送金についての照会に対しても、照会書発送後二か月以上を経ても回答がなされていない。)上、送金名義人がKかM子と仮装されていることも加わり、被告人による送金と確認することも困難であったと認められる。しかも、被告人は、不法収益を、イラン・メリ銀行に開設した自分の預金口座に送金したのではなく、V子宛てに通知払いの方法で送金しているのであるから、同銀行から同人にこれが払い戻されることによって、我が国の捜査機関が不法収益を捕捉することは、より一層困難になることも明らかである。そして、本件において同銀行に送金された不法収益は、いずれも受取人に支払われたと認められるのである。これらの点を考慮すると、被告人が、不法収益を、自分の母親を受取人として指定し、自分の母親が保持、保管することを前提に、イラン・イスラム共和国内の銀行に向けて、通知払いの方法で送金し、仕向先銀行をして受取人にこれを支払わせるという判示第二の行為は、麻薬特例法九条一項にいう不法収益を「隠匿」する行為に該当すると解するのが相当である。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、平成九年九月ころから平成一〇年五月ころまでの間、合計五人の売り子と共謀の上、多数回にわたって、不特定多数の顧客に対して、覚せい剤や大麻等の規制薬物を譲渡すること等を業とし、さらに、規制薬物の密売によって得た不法収益合計三一一八万〇一〇〇円について、その取得につき事実を仮装するとともにこれを隠匿したという麻薬特例法違反と、在留期間を経過して、約六年九か月間不法に本邦に残留したという出入国管理及び難民認定法違反の事案である。

第一の犯行についてみると、本件は、八か月という長期間、不特定多数の顧客に対し、多数回にわたって、規制薬物を売りさばいたものであり、その売上げ額は、平成一〇年四月一日から同年五月八日までの僅かな期間のみで、一二九〇万円余りという巨額に上ることからしても、被告人は、極めて大量の規制薬物を末端使用者に譲渡していたと認められ、被告人が我が国の社会にまき散らした害悪の影響は誠に深刻というほかはない。

被告人は、利益を得る目的で、売り子を雇って、顧客に対する規制薬物と代金の受け渡しに当たらせ、自らは、顧客から電話で注文を受けて、売り子に受け渡しを指示し、その売上げを管理するなど、本件密売のいわば経営者として、雇い入れた者に役割を分担させ、組織的、職業的に本件犯行を実行している。しかも、警察からの摘発を恐れて、自らはいくつもの偽名や虚偽の身分証明書等を使って生活し、売り子に対しても、口止めをし、さらには、密売の拠点となる住居を準備して住まわせるなど、周到かつ巧妙に仕組まれた計画的犯行でもある。被告人は、本件犯行の相当以前から、規制薬物の密売に関与していたことが窺われ、本件犯行は常習的犯行でもある。そして、被告人自身は、売り子を統括する立場にある一方で、顧客との直接の接触を避けて売り子を指示する立場にあり、密売の収益も、大半を自らが取得していたのであるから、その責任は、ほかの共犯者と比較して格段に重いというべきである。

また、第二の犯行についてみると、被告人は、合計三〇〇〇万円以上もの巨額の不法収益を、イラン・イスラム共和国にいる自分の母親の下に送金しているところ、これは捜査機関による探知、捕捉を免れるためになされたものであり、被告人の行為は、薬物犯罪による不法収益をはく奪することによって、世界的に深刻の度を深めている薬物濫用問題の解決を図ろうとする麻薬特例法の趣旨に照らしてとうてい許されるものではない。また、第三の犯行についても、その不法残留の期間は長期に及ぶ上、その目的は、我が国で就労して本国に送金するためであったと認められ、動機に特段酌量すべき点は認められない。

これらの諸点に照らすと、本件の犯情は悪質であり、被告人の刑事責任は重大といわなければならない。

以上に対し、被告人には、規制薬物の密売を始めたきっかけには、知り合ったM子と生活するための資金を稼ぐ目的も含まれていたこと、我が国に入国した当初から規制薬物の密売に関与する目的であったとまでは認められないこと、起訴後、最終的に、事実関係については詳細に供述するに至り、公判廷においても反省の態度を示していること、我が国における前科がないこと、被告人の体調も万全とはいえないことなど酌むべき事情も認められる。

そこで、これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮し、主文のとおりの刑に処するのが相当と判断した。

(裁判長裁判官 安井久治 裁判官 松藤和博 裁判官 井下田英樹)

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